著者は参院選出馬時のパンフレット代わりに
『インフレ撃退法』を刊行し、物価高の経済もとでの
賢明な処世法などの意見をまとめましたが、
邱は『インフレに相乗りする法』を発行し、
この本の「まえがき」で時代の新しい側面に注目しています。
 

「インフレになって物価が高くなったら、不景気になる、
と誰しもが思い込んでいる。
とりわけ、今年(昭和55年)のように、物価が実感として
20%も30%も上がり、賃上げが7%か8%しか
実現していない年は、有効需要の伸びが不足して、
景気は下降線を辿るだろうと一般に信じられている。
今年の5月以降、スーパーの売上げはグンと低調になったし、
7月以降、市況産業は一般に弱気に転じている。

だから、やっぱり・・・・・・と常識論に組みしたくなってくる。

しかし、その半面、設備投資意欲は盛んだし、
NC旋盤の受注は空前の金額に達しているし、
アメリカの不況にかかわらず、
対米自動車、鉄鋼輸出は衰えを見せていない。

国内最終消費の落ちた分を、設備投資と輸出産業がカバーして、
全体としての日本経済は好景気に向かって走り出している
とさえ言えるのである。
 

これは今までに考えられなかった新しいパターンである。
過去の物差しで測ることのできない現象は、
これを頭ごなしに拒否すべきではなく、
次の時代を暗示するものとして、研究の対象とすべきだ、
と私は思っている。

たとえば、アメリカでは、不況になっても物価が上がる。
これを名づけて『スタッグフレーション』と呼ぶ。
ところが、石油高になって物価が上がると、
日本では石油高を克服しようとして新しい産業投資が起こる。
その結果、つくり出されたランニング・コストの安い自動車や
電器製品はアメリカの市場を席巻する。

インフレが新しい需要を呼び起こし、
産業界に活気をもたらすのである。

この現象を『インフレ・ブーム』と呼んでいる。
同じインフレという世界共通現象が、
アメリカにスタッグフレーションをもたらす一方で、
日本ではインフレ・ブームをもたらすのを
何と解釈したらいいのだろうか。

『21世紀はアジアの時代』という方向に向かって
世界は着実に動いているし、日本に続いて韓国、台湾、香港、
シンガポールが経済発展の機運に乗っていることも、
多分ハーマンカーン氏の指摘の通りであろう。

しかし、3ヶ月ぶりに台湾に行ってみて、
物価の上昇ぶりに一驚した。
工業製品の品質はまだ日本に遠くおよばないのに、
物価だけが日本へもう一歩ということになると、
中心国のメリットが大幅に削減されてしまいかねないからである。

この意味で、技術先進国としての日本の安定度が
再評価される時期にきているように思う。
おそらく、これから80年代の終わりまでは、
産油国の投資が日本に集中することになるだろうとさえ
私は予測している。」(『インフレに相乗りする法』まえがき)


邱が台湾に帰るようになってから、
邱家では台湾からコックさんを雇うようになっていた。

「我が家のコックはこの本を作製中ずっと台湾へ帰っていたが、
本ができた頃にまた台湾から舞い戻ってきた。
本の中に出てくる料理の数が60数種しかないのを見て、
『この家の料理は1000くらいはあるのに、
どうしてこんなに少ししか載せないのですか?』ときいた。

『それは誰にでもできる料理を選んだからですよ。
うちの娘でも本を見たら、この通りにできるというのを
前提として選んだメニューなんだから』と私は答えた。

『じゃ、もういっぺん、今度は“邱家菜単”という
エンサイクロペディアのような写真入りの大きな本を
つくる必要がありありますね』とうちのコックはいう。

しかし一冊つくっただけでもヘトヘトだし、
写真入で膨大な全集をつくっても、とても売れそうにない。
だから今後もそういう計画があるわけではまったくない。

しかし、自分の家のふだんの料理をカラー写真にして
一冊の本にまとめてもらえたことは、
妻にとっては、生涯のしあわせの一つということができよう。

商売気があってつくる本ではないから、この本を見ていると、
『作り方』のほかに『調理のポイント』というところが出てくる。
中国人の料理の先生なら、教えないで残しておく部分である。

たとえば、キャベツ炒めのところを見ると、
『炒めるまではキャベツは水につけておき、
強火で、さっと炒めます。
油が全体に回ったら、すぐ火を止めます』と書いてある。
つまり野菜を炒めるコツは、
買ってきた野菜の水気が切れているとおいしくない。
青いまま炒めあげる要領は
ガスを全開にして強火で炒めることにつきる。
たったこれだけのことだが、ほかの料理本には書いていないことが
この本には書いてあるのである。」
(「『母から娘に伝える邱家の中国家庭料理』舞台裏」
『邱飯店のメニュー』に収録)。
 

ちなみに私が親しくなった友人たちに一番
数多く贈ったのがこの本です。
また家族としてもこの本を重用し
自分たちが中国料理を作る際に、
しばしばこの本を参考にさせていただいている。

ちなみに、この本はのちに『邱家の中国料理』
(邱永漢/邱藩苑蘭)と題し中央公論社の文庫本

(中公ミニムックス22)として出版されました。 


邱藩苑蘭氏は表に出て料理を教えるといったことは
好まない性分だったようです。

そういう夫人に火をつけたのは長女の世賓氏で、
中央公論社の『暮しの設計』から正式に
料理本の制作の話が持ち込まれている話を聞きつけ、
援護射撃をかってでました。
 

「『ママ、私たちに財産を残してくれても仕方が無いから、
将来、私たちの子供に、これはおばあさんがつくった本よ、
といって自慢のできるものを残してちょうだい。
私もお手伝いしますから』
とわきから口添えをした。

この一言がきいたのか、女房はにわかにその気になり、
1回に10皿から8皿まで8回にわけて料理をつくり、
それをカメラ撮影することを承知した。
珍しいこともあるものだなあ、と私は話をきいて感心したが、
料理をつくって人をご馳走するのは簡単だが、
それを写真にとることは厄介なことである。

はたして第1回目をやってみると、予想外に手間どったので、
女房は気をムシャクシャさせ、娘を睨みつけ、
『これもみんな、あなたのせいよ』
と恨みがましい文句を並べたそうである。
しかし、いっぺん約束したことを
いまさらキャンセルすることもできないので、
スケジュール通りの撮影が行われた。
 

一冊の本にするために台湾から遊びにきていた私の妹にも、
『台湾の家庭料理十種類』をつくってもらい、
また台湾旅行に行ったときはどこに行ったらよいか、
カメラマンの吉田和行君と編集者に同行してもらって、
『食いしん坊天国台湾』という特集も組んだ。
30軒ばかりのおいしい店の料理を写真入りで説明し、
さらに私が巻頭に『料理は“舌”で覚えるもの』
という文章を書いてなんとか格好をつけた。

これが同社から出た「母から娘に伝える邱家の中国家庭料理」
という本である。

この本ができたとき、私はふだんのご無沙汰のお詫びもかねて、
約200冊を友人たちに贈呈した。
いつも本を送っても、ろくに礼状はもらえないのが、
この本に関するかぎり山のように返事が帰ってきた。
たいていは、『女房が喜んでいる』
『我が家の食卓が賑やかになった』といった内容であり、
役に立つということは反応のあるものだなあと感心したが、
ひるがえって考えてみると、
いつも本を送ってもさっぱり反応がないのは
役に立っていないという証拠になる。
笑ったらいいのか、悲しいのか
ちょっと判断に困る出来事なのである。」
(「『母から娘に伝える邱家の中国家庭料理』楽屋裏」)

 

↑このページのトップヘ