「続けて『経済一等国日本』100枚を書いた。
これは『プレジデント』に『驚くべき日本を解明する』
と題して載せてもらった。

この本の執筆に関していえば、
日本経済が直面している実際問題から入ったのだが、
問題を考えているうちに、これから21世紀になるまで
20年間に日本はどういう経過を辿るだろうか
ということに思いを馳せた。

すると過去をふりかえらざるをえなくなり、
日本が敗戦直後に『戦争放棄』を宣言し、
『非武装』を選択したことがどういう意味をもっているかを
改めて考えさせられることになった。

私は戦争のない社会も、自衛力のない国家も
非現実的なものと考えているが、
日本はそういう批判に目もくれず、
経済戦争で中央突破をやるような『桶狭間的』作戦を展開し、
遂に『軍事力を背景としない一等国』という過去の常識では
考えられない新しい国家像をつくりあげることに成功した。
 

これはひょっとしたら、21世紀の国家像のモデルケースになる
性質のものかも知れないのである。
この意味で、日本がアメリカの強い要請によるとはいえ、
防衛に力を入れ、はじめは一桁台の軍事費増のつもりが、
だんだんエスカレートして再び19世紀的な軍事力を背景とした
一等国へ逆戻りするのは明らかに誤った選択だった
と考えざるを得なくなった。

他の国に攻め込むのはますます金のかかることになりつつあり、
反対に、守るのにますます金のかからなくなった時代が
すぐにそこまで来ているのである。

そういう時代に、日本人のやるべきことは
防衛費を増やすことでなくて、
経済戦争でトップの座を守ることであろう。
以上のようなわけで、私としては久しぶりに、
ハウツー物でないやや硬派の書物ができあがった。」

(『香港の挑戦』まえがき)  


『香港の挑戦』には「香港の挑戦」のほか、
「実録―海外投資」と「経済一等国日本」の
二つの作品が収録されていています。

今回は「あとがき」のうち、
この「実録ー海外投資』について解説している部分の文章を掲載します。
 

「日本株の国際化も含めて日本経済の土俵が
全世界に拡がるようになれば、
日本の資金と工業技術が外国へ出ていって、
外国で工業生産をやったり、販売活動をしたりするのは
やがて日常茶飯事になってくる。

『海外投資』は日本経済にとって
避けられないコースの一つなのである。
たまたま私は足掛け10年、
台湾で実際に海外投資に従事してきたので、
その難しさをつぶさに味わってきている。
近来海外投資についての本はたくさん出版されているが、
通りいっぺんの叙述が多く、私が見ると
ツボをはずれたもどかしさを感ずる。

そこで自分の体験をもとに、
いわばホンネの海外投資論を書く気をおこした。
『海外投資』120枚は、中央公論社の『経営問題』春季号に
『実録―海外投資』と題して発表させていただいた。]
(『香港の挑戦』)
 



参院選に落選したあと、邱は
矢継ぎ早に発表した三つの作品をまとめ
本書、『香港の挑戦』を発刊しました。

この作品の「あとがき」で
三つの作品を解説しますが、
このうちの作品「香港の挑戦」についての
解説の部分を紹介します。
 

「去年(昭和55年)の8月、香港で王増祥さんに会った時、
『自分は日本の証券会社から
株を買ってくれと盛んに株を買ったら、
今度は買占めだと言ってさんざん悪者にされて弱っています。
今までの経緯がわかる資料をそろえて、
明日の朝までにペニンシュラホテルに届けさせますから、
東京へのお帰りの飛行機の中ででも
お読みになって下さいませんか』と言われた。
 

翌朝、約束の時間に、王さんの番頭さんがホテルの私の部屋に
大きな封筒一杯の書類を届けてくれた。
成田まで戻る4時間の間に、私は書類に目を通したが、
読んでいるうちに、
『これは王さんと片倉工業の
プライベートな紛争の問題じゃないなあ。
これから日本が世界に向かって日本製品を
どんどん売っていけば、そんなに日本経済が強いのなら、
一つ我々も日本の株を買おうじゃないか
という動きがでてくる。
現に既に産油国の財政資金やアメリカ、イギリスの年金も、
日本の株を盛んに買い始めている。
日本の株式は戦後、大衆化して株が分散し、
大株主といっても3%、5%というのが多いから、
この勢いで株式投資の資金が流入してきたら、
3年か5年で日本の一流企業のトップ株主は
ほとんど外国人によって買い占められてしまうだろう。
 

その場合、日本の経営者が今までのように株主の意見を尊重せず、
相も変わらず10分間で終るような株主総会をやっていたら、
外人大株主と経営陣の間に必ず紛争が起こる。
片倉のケースはいわばそのハシリみたいなものだから、
いっぺん、問題提起というか、日本の産業人に
警告を発しておく必要があるなあ』と痛感した。
 

そこで、執筆する前に、片倉工業に電話をして、
『調停は私の柄ではないが、中立の立場だから、必要があれば、
相互の誤解をとくお手伝いをしてもよいが・・・・・』
と意向を伝えた。片倉工業から秋山常務の名前で
『当分、静観したいので』という鄭重な断りの手紙が届いた。
やはりこれはいっぺん、ジャーナリズムの話題にして、
注意を喚起する必要があると思い、
昨年、『中央公論』の11月号に『香港の挑戦』と題して
120枚の文章を書いた。
 

ドキュメンタリー風の書き方は私としては珍しい方であるが、
ちょうど12月1日を期して外国為替法も新しく変わるし、
日本の資金も自由に外国に行ける代わりに、
外国の資金も自由に日本に入ってきて
株を買える時期にさしかかっていたので
経営者や各企業の株式担当者たちによく読まれ、
同誌は兜町界隈や丸の内の書店で売り切れになったそうである。

その後、同じ話題を『週刊ポスト』も取り上げたし、
TBSも特集の番組を組んだ。
そのきっかけをつくったという意味では
一応の目的を達したように思う」

(『香港の挑戦』あとがき)。 

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