『食は広州に在り』の
30篇の作品集でそれぞれに
四つの漢字と短い日本語がつけられている。
珍しい工夫だと思う。

この読むに際し、あるいは読み終わった際に
何が書かれているのか、あるいは何が書かれていたのか
を楽しむ便宜になるのでは考え、以下、列挙させていただく。

·       

·       食在廣州〈食は廣州に在り〉

·       以食爲天〈食べてねる人生〉 

·       烹飪藝術〈料理も藝術のうち〉 

·       在港談穗〈野郎の知つたかぶり〉 

·       麵市鹽車〈麵と鹽魚の話〉 

·       麵蟲故事〈麵食ふ蟲〉 

·       麵蟲續篇〈現代版・麵食ふ蟲〉 

·       三刀之禁〈傍杖を食つた話〉 

·       投瓜得瓊〈冬瓜の季節〉 

·       雜炊起源〈チャプスイの起り〉 

·       悠々蒼天〈文士は食はねど〉 

·       一將功成〈華僑の冷飯嫌ひ〉 

·       厨師考試〈コックの採用試驗〉 

·       花開富貴〈花よ、ひらけ〉 

·       踏破菜園〈兎角世間は手前味噌〉 

·       豆腐談義〈豆腐を食はせる話〉 

·       爼豆千秋〈屈原にあやかる〉 

·       南有嘉魚〈海の幸は南から〉 

·       君子有酒〈酒徒を論ず〉 

·       兩袖淸風〈袖の下は風吹くばかり〉 

·       肉林脯山〈豚肉と中國人〉 

·       西園雅集〈口舌の徒のつどひ〉 

·       准南遺風〈再び豆腐について〉 

·       今年臘日〈歳末ともなれば〉 

·       大漢全筵〈中國版・花より團子〉 

·       返老還童〈われら杜甫の徒〉 

·       牛刀割鶏〈庖丁を買ふまで〉 

·       以茶爲禮〈二人のためのお茶〉 

·       茶烟落花〈東西茶飲み話〉 

·       百年好合〈花も實もある人生を〉 

·       後記 


『食は広州に在り』は中華料理にまつわることを
30回にわたって書いた最初の食べ物エッセイである。
 

無名作家だった邱は「オール読み物・新人杯」で
世話になった文
藝春秋社の薄井恭一氏のすすめで
大阪のお菓子屋「鶴屋八幡」が発行していた
「あまカラ」に作品を載せてもラッタ。
 

最初は、一、二回の掲載と思って書いたところ、
評判が高く、連載は2年半、30回に亘ルことになった。

 

中国には昔から、南方の温暖で豊かな地方に対するあこがれ”から
“ “生在蘇州(生は蘇州にあり) 穿在杭州(きものは杭州にあり) 
食在広州(食は広州にあり) 死在柳州(死は柳州にあり)という諺がある

 

つまり、風光が明媚な蘇州で生まれ育ち、杭州産の絹のきものを身につけ、
広州のおいしい料理を味わい、そして柳州銘木の棺桶に入ってという意味である。

 

邱永漢は、広州に近い香港で6年過ごし、
広州出身の夫人を持ったという利点を生かし、蘊蓄を傾けた、

 話が多彩に亘り、読者は気づかぬ間に引き込まれてしまう。
そういう深い魅力を秘めたエッセイ集である。


この作品は、執筆が終わったところで、凝った本を作る名人、
沢田伊四郎氏の申し出を受け、立派な装丁の本として出版された。

時を経て、中央公論社が、文庫版『食は広州に在り』を発行し、
その際、作家、丸山才一氏が戦後食べ物3大随筆の1つと評し、
たちまちベストセラー作品となった。
 

 

小生、先年、広州を訪れ、昼時、老舗を訪ねたが、
そのか看板には、日本語で「食は広州に有り」と書かれていて驚いた。
日本人観光客が盛に訪れていることを示すものだが、
邱の「食は広州に在り」が日本人観光客の動員に与って大きいと感じた。
 
 


北京のアメリカ系慈善病院に勤務する
医者の
黄博士の夫人、黄太々はアメリカ人。

北京に長く住み、北京を深く愛し、
自分は中国人だと思ってきたが、
戦後、
黄博士が突然の病気で亡くなる。

良人に死なれ、黄太々は北京に住む
一老アメリカ婦人に
すぎなくなってしまったと嘆く。

彼女には中国人の養女、エリスがいる。
成人し、英国大使館付きの英国人青年、ポールと恋仲になる。

そのポールが本国勤務になり、
ロンドンでの結婚を求める。

だが、戦後の新生、中国政府は
北京生まれの中国人の英国渡航を認めない。

エリスは、英国渡航の道を探るため
中国を出て、香港に移る。

黄太々は、エリス には支援が必要と感じ、
36年住み慣れた北京の邸宅を引き払い、
香港への移住を決める。


この小説は、邱の香港の家の二階を
借りて住んでいた
アメリカ生まれの老婦人と
その養女の
身の上話からヒントを得て書いた作品で
中国人と結婚して、
中国語を喋っていても、
良人が死ぬと、
厳然たる国境線が引かれてしまう
という体験を伝える小説である。

(参考)
邱永漢 著『邱永漢自選集2香港/刺竹/石/華僑/毛澤西/首/長すぎた戦争/見えない国境線』のあとがき

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