『お金の使い方』が発行された翌年の昭和57年に
“熟年”向けに書かれた『ダテに年は取らず』が発行されました。
この作品のなかで邱は『お金の使い方』にふれ、
お金を使うことが如何にむずかしいものであるかについて
書きました。
 

「『お金の使い方』という本を書いた。
その中で私が『一年間に1億円使う積もりだ』
という意味のことを書いたら、新聞社から電話がかかって、
『どうやって1億円を使うのですか』ときいてきた。

ちょうど1億円拾った人が、妄想にとりつかれて
ガードマンまでやとった話が新聞ダネになったあとだったので、
私は『1億円拾ったくらいで気がおかしくなる人もあれば、
1億円置き忘れて黙っている人もあるのだから、
お金を容れる器は人によって違うのだ』
『だから、器を大きくしなければ、
お金はすぐに溢れてこぼれてしまう』
『日本人も世界のお金持ちになったのだから、
これからはお金を儲けるよりも、
お金の使い方の勉強をする必要があるだろう』と云ったのである。
 

『先ず隗より始めよ』というコトバもあることだから、
私は女房に『もうあと平均寿命で考えても、20年はないのだから、
気前よく一年に1億くらい使うことにしようじゃないか』と云った。
そうしたら、女房が笑って、
『あなたにどうやって1億円が仕えますか?
どんなに一生懸命使っても、
せいぜい年に2000万円くらいだわね』
永年つれそってきて、どのくらいケチで、どのくらい勘定高いか、
心の奥の奥まで見透かしているといった口ぶりである。
 

行きがかり上、私はどうやったら、
年に1億円使えるかということを
『中央公論』の誌上で試みてみた。
年に1億円は日に割れば、30万円足らずである。
『日に30万円なら、たいしたことはない。
俺がつかってみせてやる』という友人は多いが、
大抵はお金を持ったことのない連中ばかりである。
実際に、お金を持っている連中は、
お金儲けの難しいことを熟知しているから
『とんでもない。』
そんなお金が使えるわけがないと首を横にふってしまう。

どうしてかというと、『使う』というのは
再生産過程から消えてしまうことだから、
『商売に役に立つ人と料亭に行く』のも、
『梅原龍三郎や岡鹿之助の画を買う』のも、
また『奥さんにダイアモンドを買ってやる』のも、
その中に入れてはならないのである。(略)
純然たる消費であるためには、
バーに行くにも商売の役に立たない人と
一緒でなければならないし、
ダイヤを買ってやるにも、奥さん以外の、
将来、すぐ右と左に別れてしまうような人に
買ってやるのでなければならない。
 

『そんな人のために、そんな無駄なお金が使えるか』
ということになると、年に1億円はとても使いきれないことになる。
もし、そうだとすれば、どうせ使いきれないお金をためても
何の役にも立たないことになるし、
お金をたくさん持っている人を羨ましがる必要もなくなる。
したがってお金を持っていないひとにととっても、
たいへん慰みになる話ではないかと思う。」
(「ふところ深いお金の使い方」。『ダテに年は取らず』に収録)


昭和56年、『中央公論』誌に連載していた「お金の使い方」と
昭和50年から美術雑誌『求美』に連載していた
「死ぬほど退屈」を合体、収録した『お金の使い方』が
中央公論社から刊行されました。

この『お金の使い方』の「あとがき」として著者が
次のように書きました。
 

「世の中が貧しい間は、
皆が少しでも豊かになろうと思って盛んにあがく。
他人を押しのけて、自分だけでも金持ちになりたいと思ったりする。
しかし、社会全体が豊かになってくると、
お金を持った人と大してお金を持っていない人の差は
あまりないことに気づく。
とりわけお金持ちになっても、
貧乏時代と大して変わりのない生活をしている人は、
そもそもお金持ちとはいえないのである。
 

日本人はお金持ちになったといっても、
大金持ちになったのは『会社』だけで、
『個人』は平均的な小金持ちになったにすぎないから、
もとよりイギリスの貴族やインドの富豪のような
豪勢な生活ができるわけではない。

しかし、小金持ちにはそれにふさわしい生き方がある筈だし、
小金持ちとしての心構えも社会的義務もある筈である。
こうした新しい時代に処する生き方を感じ、
「お金の使い方」を『中央公論』本誌に連載させてもらった。
お金儲けのハウツウ物なら、恐らく『中央公論』誌も
食指を動かさなかっただろうが、「お金の使い方」なら、
期せずして文明批評になることははじめからわかっている。

書き進むに従って、
『お金というものは案外、役に立たないものだな。
お金儲けにあくせくすることはないなあ』
という感をますます深くしたが、
もとよりそれは、お金に不自由しないボーダーラインから
少し首を出した上でのことであろう。
しかし、お金持ちになれない人も、
お金持ちになろうと思っていた人も、
これを読めば『お金持ちになっても大したことはないなあ』
と心がやすまるのではないだろうか。
嫉妬深い、卑しい人間の品性に
いくらかでも安らぎを与えることができたら、
私の試みは成功だったということになる。
 

『死ぬほど退屈』は私が創刊した『求美』という季刊美術誌に
昭和50年夏から5年間にわたって連載したものである。
『求美』は高度成長の頂上期に、美術ブームを予想し、
それを推進する役割をはたしてきたが、
低成長時代に入るとさすがに命脈尽きて廃刊してしまった。
もともと経済的に余裕のある階層を対象として
成り立った雑誌だったから、
私のエッセイもお金と時間をゼイタクに使う無駄話に終始した。
あとで考えてみると、
これは『お金の使い方』の各論みたいなものになっている。」

(『お金の使い方』)


昭和56年8月に竹村建一氏との対談集
『もっと上手に儲けなさい』が
竹村氏がオーナーになっている

太陽出版企画から出版されました。


この本には邱・竹村の対談のほかに
二人の主張の要点がまとめられた文章がいくつか掲載されています。
それらの文章の一つで、
金儲けには金銭感覚、時代感覚そして経営者感覚の
三つの感覚が必要であると指摘する邱の文章を紹介します。
 

「お金儲けをしたかったら、
常に磨いておかなければならない感覚がいくつかある。
まず第一に金銭感覚。
日本人は、金のことを話題にすることを避けたがる風潮があるが、
『ノドから手が出るほど欲しい』という表現もあるように、
それは必ずしも本心ではない。

その点、中国人はあけすけに金の話をする。
金の大切なことを身をもって体験しているから、
金が欲しいことをかくそうとしない。
たとえば私の家では、食卓の話題に、
しょっちゅう倒産した時の話と死んだ時の話が登場してくる。
中国人は世界に名高い食道楽であるが、
食べるために稼いでいるのだから、
儲けることと食べることは矛盾するどころか、裏表になっている。
 

二つ目は、世の中の変化にどう対応していくか
という時代感覚である。
たとえば料理の世界を見ても、
いま日本ではかなり大きな変化が起こっている。
せいぜい10坪かそこらかの小規模な店で、
オーナー兼シェフの若者が
実に楽しそうにうまく料理をつくっている。
そんな店が最近目立って増えてきた。
また、小規模の洋菓子店が増えてきている。

劇場は連日満員で、カルチャーセンターも大繁盛である。
これらの新しい傾向はこれから先10年間に
どんなことが起ころうとしているかを示している。
マスプロ、マスセールスの時代がほぼ飽和点に達すると、
再び核分裂が起こってくるのである。
また形のない商品、たとえば知識や教養、楽しみ
といったものに対する需要が高くなってくる。
私はこれを『体験産業』と呼んでいるが
売買の対象になる商品の内容が従前とかなり違ってくるから、
うまくそうした時流に乗れるかどうかが重大なキーポイントになる。
 

第三は、経営者としての感覚である。
どんな小さな商売でも、
逆にどんな大きな組織の中の一つの歯車に過ぎない存在でも、
事業を動かしている人としての感覚がなかったら、
これからの競争に打ち勝ってはいけない。
それは元手がいくらあるかといったことではなくて、
それを動かす才覚のことである。
ハードよりソフトのほうが大切なのである。」
(『もっと上手に儲けなさい』)

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