主人公は汕頭出身の女性で38歳の阿桂(アクイ)。
18歳の時にシンガポールに来てから、女中奉公などして、
小金を貯めている。
その阿桂に潮州出身で32歳の男性、阿劉(アラウ)が
「資本がかからないで、儲けになる商売」を持ちかける。
貧乏人が死が近づいたときに駆け込める家、
つまり「死人の家」のである。
阿桂(アクイ)はその話に乗り出資し、「惜別亭」を設立し、
阿劉(アラウ)は経営に当たる。
「惜別亭」は貧乏人のニーズにマッチし、繁盛し、
阿桂(アクイ)と阿劉(アラウ)は結婚する。
「惜別亭」の商売は、軌道に乗るのだが、
この商売を考え出した阿劉(アラウ)は独立し、
「惜別亭」よりグレードの落ちる「風粛亭」を設立。
また、別に女を作り、子供ももうけ、阿桂と阿劉は離婚する。
「風粛亭」は貧乏人に受け入れら繁盛するが
ある日、「風粛亭」からの申し出で、「惜別亭」の傘下に入る。
それから、年月が経ち、子供に背負われた瀕死の病人が
「惜別亭」に運ばれる。
その老人こそ、誰あろう、老いたる阿劉である。
この短編小説の誕生にあたり、著者は次のように述べている。
「シンガポールで、死人が出ると、
家が貸しにくくなるので、貧乏人は死にそうになると、
家主から追いたてをくらう。
そういう貧乏人が死ぬための家をつくった人がいて
結構繁盛しているという記事を香港の新聞で読み、
それがヒントになってできた小説である」
(『邱永漢自選集第3・オトコをやめる話』)。
『惜別亭』は、1958年(昭和33年)11月5日に文芸評論新社から刊行され、
のち、邱永漢自選集『オトコをやめる話』(徳間書店刊)、
邱永漢短編小説集『見えない国境線』(1994年)(新潮社刊)
ベストシリーズ42『惜別亭』(1996年)(実業之日本社)、
にも掲載されている。