2019年12月

この本も前著『食は広州に在り』と同様、
30の目次が四字漢字と日本語の組み合わせで書かれています。
四字漢字は日本人には馴染みのない言葉がい多いのですが、
パソコンでその意味を調べながら読むと、
なるほど、と著者の意図への理解が深くなルところがあります。

 

·       象箸玉杯 貧乏こそ敵

·       談西洋菜 クレソンばなし

·       異味独嗜 ニンニクの孤独 

·       依様葫蘆 提灯屋の小僧

·       山珍野味 猫の料理 

·       酔生夢死 酔いどれ船 

·       夜雨春韮 韮を摘む袖 

·       苦中作楽 豪勢な貧乏 

·       負笈千里 日本留学 

·       赴湯蹈火 おホリの愚連隊 

·       脂沢粉黛 醬をすすめる

·       香囲粉陣 香料の道 

·       望梅止渇 渇きの季節

·       管鮑之交 磯の鮑魚の片思い 

·       随園食単 随園料理メモ 

·       蛙鳴残雨 蛙のはなし 

·       炉辺談食 鍋料理の季節 

·       魚塩之中 魚と塩の仲

·       銀芽米粉 モヤシとビーフン

·       担麵度月 担麵のこと

·       投桃報李 情は人のためならず

·       啼笑皆非 批評家の腕前 

·       売花姑娘 紺屋の白袴 

·       戯問芭蕉 バナナの気持 

·       遺珠之恨 パパヤの嘆き

·       季常之癖 嫉妬の味

·       性好吃醋 酢い人ばなし 

·       羝羊触藩 忠ならんとすれば
 節流開源 上手な食べ方

·買菜求益 ケチで行きましょう 


 

 『食は広州に在り』に続く食べ物雑誌「あまカラ」第二弾の食味随筆です。
昭和32年から2年半に亘って掲載され、武井武雄氏の版画入りの凝った意匠で出版されました。

 

 それから20数年後、シナリオライターの向田邦子氏が邱家での食事会に招かれました。
 ご同席のお客様はマンズワイン社長の
茂木七左衛門氏、東京吉兆の経営者、湯木昭二朗夫妻、文藝春秋OBで食味評論家の薄井恭一氏と食にうるさい人たちでしたが、向田氏は「私は『象牙の箸』の愛読者で、文章を丸暗記しています」と発言されたとのことです。

 

 読者をして、暗誦したくなるほど、美しく、また含蓄が深い言葉で書かれていることを如実に示す話だと思います。

 

 と同時にこの本には読者が実際に「自分でもつくてみようか」という意欲が掻き立てられる気にさせられるところがたくさん紹介されて英ます。
 例えば第二章、
「西洋菜湯」(シーヤン・ツアイタン)(クレソンのスープ)には著者の奥様が多摩川べりで、クレソンを見つけた話が紹介されています。

 この話に新鮮な刺激をいただき、のちに書かれた『邱家の中国家庭料理』を手元に引き寄せ、実際に作ってみました。美味でした。ちなみに、このスープ、香港に住んでおられた先生が、奥様のご実家を訪問された際、奥様のお母様が、いつも用意された一品とのこと。

 

 中国の古典の紹介と並んで、著者自身が体験された話が具体的に披露され、読者が自分の場で再現したくなるような気にさせられるところもこの本の大きな魅力です。 


『食は広州に在り』の
30篇の作品集でそれぞれに
四つの漢字と短い日本語がつけられている。
珍しい工夫だと思う。

この読むに際し、あるいは読み終わった際に
何が書かれているのか、あるいは何が書かれていたのか
を楽しむ便宜になるのでは考え、以下、列挙させていただく。

·       

·       食在廣州〈食は廣州に在り〉

·       以食爲天〈食べてねる人生〉 

·       烹飪藝術〈料理も藝術のうち〉 

·       在港談穗〈野郎の知つたかぶり〉 

·       麵市鹽車〈麵と鹽魚の話〉 

·       麵蟲故事〈麵食ふ蟲〉 

·       麵蟲續篇〈現代版・麵食ふ蟲〉 

·       三刀之禁〈傍杖を食つた話〉 

·       投瓜得瓊〈冬瓜の季節〉 

·       雜炊起源〈チャプスイの起り〉 

·       悠々蒼天〈文士は食はねど〉 

·       一將功成〈華僑の冷飯嫌ひ〉 

·       厨師考試〈コックの採用試驗〉 

·       花開富貴〈花よ、ひらけ〉 

·       踏破菜園〈兎角世間は手前味噌〉 

·       豆腐談義〈豆腐を食はせる話〉 

·       爼豆千秋〈屈原にあやかる〉 

·       南有嘉魚〈海の幸は南から〉 

·       君子有酒〈酒徒を論ず〉 

·       兩袖淸風〈袖の下は風吹くばかり〉 

·       肉林脯山〈豚肉と中國人〉 

·       西園雅集〈口舌の徒のつどひ〉 

·       准南遺風〈再び豆腐について〉 

·       今年臘日〈歳末ともなれば〉 

·       大漢全筵〈中國版・花より團子〉 

·       返老還童〈われら杜甫の徒〉 

·       牛刀割鶏〈庖丁を買ふまで〉 

·       以茶爲禮〈二人のためのお茶〉 

·       茶烟落花〈東西茶飲み話〉 

·       百年好合〈花も實もある人生を〉 

·       後記 


『食は広州に在り』は中華料理にまつわることを
30回にわたって書いた最初の食べ物エッセイである。
 

無名作家だった邱は「オール読み物・新人杯」で
世話になった文
藝春秋社の薄井恭一氏のすすめで
大阪のお菓子屋「鶴屋八幡」が発行していた
「あまカラ」に作品を載せてもラッタ。
 

最初は、一、二回の掲載と思って書いたところ、
評判が高く、連載は2年半、30回に亘ルことになった。

 

中国には昔から、南方の温暖で豊かな地方に対するあこがれ”から
“ “生在蘇州(生は蘇州にあり) 穿在杭州(きものは杭州にあり) 
食在広州(食は広州にあり) 死在柳州(死は柳州にあり)という諺がある

 

つまり、風光が明媚な蘇州で生まれ育ち、杭州産の絹のきものを身につけ、
広州のおいしい料理を味わい、そして柳州銘木の棺桶に入ってという意味である。

 

邱永漢は、広州に近い香港で6年過ごし、
広州出身の夫人を持ったという利点を生かし、蘊蓄を傾けた、

 話が多彩に亘り、読者は気づかぬ間に引き込まれてしまう。
そういう深い魅力を秘めたエッセイ集である。


この作品は、執筆が終わったところで、凝った本を作る名人、
沢田伊四郎氏の申し出を受け、立派な装丁の本として出版された。

時を経て、中央公論社が、文庫版『食は広州に在り』を発行し、
その際、作家、丸山才一氏が戦後食べ物3大随筆の1つと評し、
たちまちベストセラー作品となった。
 

 

小生、先年、広州を訪れ、昼時、老舗を訪ねたが、
そのか看板には、日本語で「食は広州に有り」と書かれていて驚いた。
日本人観光客が盛に訪れていることを示すものだが、
邱の「食は広州に在り」が日本人観光客の動員に与って大きいと感じた。
 
 


北京のアメリカ系慈善病院に勤務する
医者の
黄博士の夫人、黄太々はアメリカ人。

北京に長く住み、北京を深く愛し、
自分は中国人だと思ってきたが、
戦後、
黄博士が突然の病気で亡くなる。

良人に死なれ、黄太々は北京に住む
一老アメリカ婦人に
すぎなくなってしまったと嘆く。

彼女には中国人の養女、エリスがいる。
成人し、英国大使館付きの英国人青年、ポールと恋仲になる。

そのポールが本国勤務になり、
ロンドンでの結婚を求める。

だが、戦後の新生、中国政府は
北京生まれの中国人の英国渡航を認めない。

エリスは、英国渡航の道を探るため
中国を出て、香港に移る。

黄太々は、エリス には支援が必要と感じ、
36年住み慣れた北京の邸宅を引き払い、
香港への移住を決める。


この小説は、邱の香港の家の二階を
借りて住んでいた
アメリカ生まれの老婦人と
その養女の
身の上話からヒントを得て書いた作品で
中国人と結婚して、
中国語を喋っていても、
良人が死ぬと、
厳然たる国境線が引かれてしまう
という体験を伝える小説である。

(参考)
邱永漢 著『邱永漢自選集2香港/刺竹/石/華僑/毛澤西/首/長すぎた戦争/見えない国境線』のあとがき

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