台湾から香港に亡命して6年を経過した翌年に書いた作品である。
著者の学友で、のちに明治大学の教授になった王育徳氏(故人)は、
終戦後、台湾から香港経由で密入国し、東大の大学院で中国文学勉強していた。

そこへ奥様と娘さんを観光目的で招き、一緒に生活していたが、
滞留期間の更新が
2回しか認められず、このままだと強制退去を命じられる。
王氏は密入国していたことを自首した。
自首することで、特別許可が許可され、
家族も日本に滞在できると考えたのである。

ところが意に反して、一審も二審も、「強制退去」となった。
ちょうど、香港から東京に出張していた邱が面会し、
王氏からこの窮状を聞いた。
この状態打開に手を差し伸べたいとの思いから
東京の宿で小説を書いた。

そして、作家、長谷川伸先生が主宰する『文芸大衆』に掲載してもらう。
のち、王氏が
この小説を裁判官に提出し、王氏は特別許可を受けることができた。

邱は
1955年(昭和30年)に直木賞を受賞するが、
受賞後の1956年(昭和31年)229日に
この作品が直木賞
現代社から出版された。

ちなみに、王氏は大学で教鞭をとるととともに、
台湾独立運動に 力を注ぎ、
2018年9月9日に
台湾台南市に王育徳紀念館が建てられた。