台湾から香港に反政治運動のため、
亡命した青年、
頼春木(ライシュンボク)が

香港で成功しているという同郷の知人、

李明徴(リメイチョウ)(老李)を訪ねていったところ、

成功者というのは真っ赤な嘘で、

ダイヤモンド・ヒルの貧民窟へ紛れ込んでいくところから始まる。


頼春木は大変なことになったと後悔しながらも、
ほかに落着く先がないままにスラムに住み、
生活をしていくために盛り場で露天商の許可のないまま
ノシイカを売って警察官に追いかけられる。


逃げ遅れた春木は監獄に放り込まれてしまう。
許されて帰る際「なぜ稼いだ金を持って、迎えに来なかったのか」と
毒づく春木に老李が語る。

「『君にはすまなかった』と老李はもう一度繰り返した。
『しかし、我々は誰からも保証されずに自分の力で生きてゆかねば
ならないんだ。我々は自由を愛して故郷を捨てた。我々は自由を求めて、
この地に来た。だが、我々に与えられた自由は、
それは滅亡する自由、餓死する自由、自殺する自由、
およそ人間として失格せざるを得ないような種類の自由なんだ。
こんな生活をしていて、まだ善良なる市民の根性から抜けきれない奴は
よほど無神経な野郎だ。
我々には故郷もなければ、道徳もない。
こんな世の中ではそんなものは犬にでも食われろだ。
金だけだ。金だけがあてになる唯一のものだ』
『莫迦な』春木はむっと思わず口走った。
『ユダヤ人!貴様のような奴はユダヤ人だ』
『そうだよ。ユダヤ人だよ。ユダヤ人になることが僕の当面の目標だ』
老李はすこぶる冷静だった。」

ノシイカ売りに失敗した頼春木は
次には、船主に船を売り飛ばされて香港に置いてきぼりにされた
同郷の船員をそそのかし、海に潜らせて伊勢えびを採たりする。


さらには、カサブランカにすむユダヤ商人に

売る茶の中に石ころを詰め百万ドルをだましとり、

山分けして闇船に乗って日本へ逃げる仲間を港まで送りに行く。

この小説は春木がため息をつくところで終わる。
「雨のそぼ降る街路の騎楼の下を春木はひとりで歩きはじめた。
老李を責める気持は不思議と涌いてこない。
人には皆それぞれの生き方がある。
今日は老李が去り、明日はやがてリリが去るだろう。
そのリリを責めることもいまの自分にはできないのだ。
いや、もともと人間は誰をも責めることはできないのだ。

それにしても、自由への道はなんと残酷な道であろうか」 

この作品を書く前の邱は、自分の小生が

昭和30年上期半期の受賞作に登らず、

落ち込んでいた。

 

ところが『選後評』の中で審査員の一人、木々高太郎氏が
『どうして邱永漢の作品が候補になっていないのか』と
書いてあるのを見て、
「期待してくれている人もいるんだな」と
にわかに勇気づけられ、気をとりなおして、
香港滞在中の見聞をもとに、一気に書いた
240枚の長編小説である。

この異国の地を舞台にした小説が、
審査員たちから評価され、直木賞受賞の栄に浴す。
外国人として初めての受賞である。 

この作品は1956年(1956年(昭和31年))、
近代生活社から『香港』が刊行されるほか、
邱永漢自選集
〈第2巻〉『香港,,華僑,刺竹』 (1971)

邱永漢ベストシリーズ『香港・濁水渓』(1992)、

文庫版『香港・濁水渓』(1980年)、
『邱永漢短編小説傑作選』(1994年)に
それぞれ収録、発刊されている。

 

(参考)

邱永漢著『金銭通は人間通』 (1985年刊)所収の「私の見た香港の前途」。
    『日本脱出のすすめ』(1993年刊)所収の「だから私は香港に移住した」。