邱が台湾に帰るようになってから、
邱家では台湾からコックさんを雇うようになっていた。

「我が家のコックはこの本を作製中ずっと台湾へ帰っていたが、
本ができた頃にまた台湾から舞い戻ってきた。
本の中に出てくる料理の数が60数種しかないのを見て、
『この家の料理は1000くらいはあるのに、
どうしてこんなに少ししか載せないのですか?』ときいた。

『それは誰にでもできる料理を選んだからですよ。
うちの娘でも本を見たら、この通りにできるというのを
前提として選んだメニューなんだから』と私は答えた。

『じゃ、もういっぺん、今度は“邱家菜単”という
エンサイクロペディアのような写真入りの大きな本を
つくる必要がありありますね』とうちのコックはいう。

しかし一冊つくっただけでもヘトヘトだし、
写真入で膨大な全集をつくっても、とても売れそうにない。
だから今後もそういう計画があるわけではまったくない。

しかし、自分の家のふだんの料理をカラー写真にして
一冊の本にまとめてもらえたことは、
妻にとっては、生涯のしあわせの一つということができよう。

商売気があってつくる本ではないから、この本を見ていると、
『作り方』のほかに『調理のポイント』というところが出てくる。
中国人の料理の先生なら、教えないで残しておく部分である。

たとえば、キャベツ炒めのところを見ると、
『炒めるまではキャベツは水につけておき、
強火で、さっと炒めます。
油が全体に回ったら、すぐ火を止めます』と書いてある。
つまり野菜を炒めるコツは、
買ってきた野菜の水気が切れているとおいしくない。
青いまま炒めあげる要領は
ガスを全開にして強火で炒めることにつきる。
たったこれだけのことだが、ほかの料理本には書いていないことが
この本には書いてあるのである。」
(「『母から娘に伝える邱家の中国家庭料理』舞台裏」
『邱飯店のメニュー』に収録)。
 

ちなみに私が親しくなった友人たちに一番
数多く贈ったのがこの本です。
また家族としてもこの本を重用し
自分たちが中国料理を作る際に、
しばしばこの本を参考にさせていただいている。

ちなみに、この本はのちに『邱家の中国料理』
(邱永漢/邱藩苑蘭)と題し中央公論社の文庫本

(中公ミニムックス22)として出版されました。