参院選に落選したあと、邱は
矢継ぎ早に発表した三つの作品をまとめ
本書、『香港の挑戦』を発刊しました。

この作品の「あとがき」で
三つの作品を解説しますが、
このうちの作品「香港の挑戦」についての
解説の部分を紹介します。
 

「去年(昭和55年)の8月、香港で王増祥さんに会った時、
『自分は日本の証券会社から
株を買ってくれと盛んに株を買ったら、
今度は買占めだと言ってさんざん悪者にされて弱っています。
今までの経緯がわかる資料をそろえて、
明日の朝までにペニンシュラホテルに届けさせますから、
東京へのお帰りの飛行機の中ででも
お読みになって下さいませんか』と言われた。
 

翌朝、約束の時間に、王さんの番頭さんがホテルの私の部屋に
大きな封筒一杯の書類を届けてくれた。
成田まで戻る4時間の間に、私は書類に目を通したが、
読んでいるうちに、
『これは王さんと片倉工業の
プライベートな紛争の問題じゃないなあ。
これから日本が世界に向かって日本製品を
どんどん売っていけば、そんなに日本経済が強いのなら、
一つ我々も日本の株を買おうじゃないか
という動きがでてくる。
現に既に産油国の財政資金やアメリカ、イギリスの年金も、
日本の株を盛んに買い始めている。
日本の株式は戦後、大衆化して株が分散し、
大株主といっても3%、5%というのが多いから、
この勢いで株式投資の資金が流入してきたら、
3年か5年で日本の一流企業のトップ株主は
ほとんど外国人によって買い占められてしまうだろう。
 

その場合、日本の経営者が今までのように株主の意見を尊重せず、
相も変わらず10分間で終るような株主総会をやっていたら、
外人大株主と経営陣の間に必ず紛争が起こる。
片倉のケースはいわばそのハシリみたいなものだから、
いっぺん、問題提起というか、日本の産業人に
警告を発しておく必要があるなあ』と痛感した。
 

そこで、執筆する前に、片倉工業に電話をして、
『調停は私の柄ではないが、中立の立場だから、必要があれば、
相互の誤解をとくお手伝いをしてもよいが・・・・・』
と意向を伝えた。片倉工業から秋山常務の名前で
『当分、静観したいので』という鄭重な断りの手紙が届いた。
やはりこれはいっぺん、ジャーナリズムの話題にして、
注意を喚起する必要があると思い、
昨年、『中央公論』の11月号に『香港の挑戦』と題して
120枚の文章を書いた。
 

ドキュメンタリー風の書き方は私としては珍しい方であるが、
ちょうど12月1日を期して外国為替法も新しく変わるし、
日本の資金も自由に外国に行ける代わりに、
外国の資金も自由に日本に入ってきて
株を買える時期にさしかかっていたので
経営者や各企業の株式担当者たちによく読まれ、
同誌は兜町界隈や丸の内の書店で売り切れになったそうである。

その後、同じ話題を『週刊ポスト』も取り上げたし、
TBSも特集の番組を組んだ。
そのきっかけをつくったという意味では
一応の目的を達したように思う」

(『香港の挑戦』あとがき)。