『ダテに年は取らず』というエッセイ集で
邱はある時期からお金を稼ぐことより
使うことに重点を置くようになり、
これは豊かになってきた時代に“熟年層”に共通する
テーマではないかと書きました。

「50歳をすぎた頃から、稼ぐことと使うことの
バランスを少しずつ考えるようになった。
年に二回、女房連れで欧米旅行をすることも
定期的にやるようになったし、
衣食住の全般にわたって、お金を使うことにも
財布のヒモを閉めるようなことはなくなった。
女房の方でも、『この頃のあなたはケチとは言えなくなったわね』
と風向きが変わりつつあるが、
ケチの尾てい骨が完全にとれてしまったわけではない。
 

たとえば、国際電話の高い料金を払うのはいまだに嫌で、
女房が長電話をしているとイライラして
怒りたくなるのを抑えるのに四苦八苦している。
池田満寿夫さんが、芥川賞を受賞した『エーゲ海に捧ぐ』は、
その料金の高い国際電話を長々とかけ続けるストーリーで、
話の内容や文章よりも先生方のイライラを計算に入れて
かちとったのではないかと思うほどである。
 

また私はフランスの最高のレストランで
豪勢な食事をすることにはなれてしまったが、
ワインリストを見て1000フランなどと値段のついた
高い葡萄酒だけはいまだに注文しきれないでいる。
値段が安くても、フランスのワインには結構おいしいものがあるし、
そのおいしいワインも一通り飲み終えていないのに、
高価なワインに手を出すことはないと言いわけをしているが、
本当はケチの精神が
まだ完全に抜けきっていないのからかもしれない。

が全体としては、儲ける方よりも
使う方に重点が移りつつあることは事実であり、
『お金の使い方』などという本を書いたのも、
そうした心境の変化と関係があるのであろう。

しかしこのことは私一人だけの問題ではなく、
豊かになった社会全体に現われてきた傾向の一つであり、
したがってまた私とほぼ同年代の人々が
等しく痛感していることではないかと思う。」
(「熟年にとってお金とは何か」『ダテに年は取らず』に収録)