『邱永漢のゼイキン報告』の「まえがき」の続きです。
「本が出て、大へんよく売れるようになって、
同じ日経の出版部長さんと会ったら
『邱さん、あの本、どうして売れるか知っていますか』と聞かれた。

『さあ、どうしてですか』と聞き返したら、ニヤニヤ笑いながら、
『世の中にはあわて者がいて、本屋の店頭で見ると、
あれがキンゼイ報告に見えるので、
喜び勇んで買っていくのだそうですよ』
『まさか!』といって大笑いになったが、
『ゼイキン報告』という題はもともと家庭婦人部長さんが、
当時ロングセラーズとして話題を集めていた
『キンゼイ報告』にひっかけて、
『Qゼイキン報告というタイトルはいかがですか』
と私に提案し、私が二つ返事で承知したものである。
 

キンゼイ報告にしては
邱永漢などときいたこともない余計な名前がついているが、
あるいは解説書かもしれない、
似たような名前に謝国権というのもいるからな、
と読者の方で思ってくれたかどうかはわからないが
『Qゼイキン報告』のQと云う字を削って、
ただの『ゼイキン報告』として出版すると、
この本は7年間も売れ続けてくれた。
 

どうして私のような税理士でも国税庁の役人でもない人間の書いた
税金の本が売れるのだろうか、とふりかえって考えてみると、
それは私が『税金を払わされる側の立場』に立って
その論理を展開してきたかららしい。
税金というとアレルギー反応を示す人が多く、
『直面したくないこと』『不愉快なこと』
『税理士のセンセイに任せておけばよいこと』
あるいは『手取りで考えればよいこと』
として避けて通るけれども、
本当は誰も代わりはつとめてくれないことで、
自分で勉強し、自分で解決しなければならない問題である。
 

この本が税法の専門書の書いたものと違うところがあるとすれば、
それは、ほかの税法のセンセイはあまり税金を払ったことがなく、
本を出してベスト・セラーズになってはじめて税金を払った、
などという立場の人が多いが、
私は一般の商工業者と同じく、税金に悩まされてきたので、
多くの人の共感を呼ぶことができたのであろう。

この『ゼイキン報告』を書いてから、私はもう一冊、
『事業家、資産家のための節税の実際』という本を出し、
それがまたいわゆる高額所得者たちの間で評判になったので、
あたかも斯界の権威者であるかのごとき扱いを受けるようになった。
しかし、本当は私のようなシロウトでも、
税法と首っ引きで勉強をすれば、このくらいの知識は持つようになれる
ということを証明しただけのことであろう」
(『邱永漢のゼイキン報告』まえがき)